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アカリ(21)
T164 B88(E) W56 H87
投稿日時

拝啓
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処暑の候
連日厳しい暑さが続いておりますが
皆様におかれましては
お変わりなくお過ごしでしょうか。
日頃より、格別のお引き立てを賜り
深く感謝の念を抱いております。
?
この度は
遅ればせながら皆様にご報告がございまして
筆を取らせていただきました。
突然のご報告にて申し訳ないのですが
8月をもってアラビアンナイトを
退店することにいたしました。
ひと口に退店と申しましても
完全に転身するということではなく
あくまでも近い目標での中での前進の為に
退く意思でございます。
またどこかで見つけていただきました時は
お気軽にお誘いいただけますと
幸甚でございます。
これまでご愛顧いただきました皆々様
お世話になりましたスタッフの方々
良くしてくださった女性の方々
至らない私に温かく接していただき
心より感謝申し上げます。
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末筆ではございますが
皆様お身体を大切に
ますますご活躍されますよう
お祈り申し上げます。
?
処暑のみぎり
皆様のご無事息災を
心よりお祈り申し上げます。
?
敬具
投稿日時

▼月▼日
筆山君が刑務所に送られた。
僕は
とんでもない間違いを犯してしまった。
少し法の力をチラつかせて脅かして
謝罪にでもきてくれれば。
それでよかった。
そこで筆山君の直情的なベクトルを
誤った方向から修正できればよかった。
僕はその制裁の強弱を
なんであんな悪徳弁護士に
任せてしまったのか?
そんなに僕は眼前のことに
盲目になっていたのだろうか?
確かに、ここ最近は
くも膜下出血よりも何よりも
筆山君の心配ばかりしていた気がする。
彼が僕の前からいなくなって
僕は俗物ばかりの界隈で
疲れ切ってしまっている。
そのせいだろうか。
金なんかさっさと使ってしまいたかった。
だから好きなだけ弁護士に預けた。
早く彼に会いに来て欲しかった。
…その金のせいで
彼は刑務所に行ってしまった。
過ぎたる金は、司法を捻じ曲げる悪徳だ。
?
▼月◆日
二年。二年の我慢だ。
彼は狂った法の下で
とても理不尽な経験をするだろう。
それはきっと、彼の文学を覚醒させる
掛け替えのない経験になるに違いない。
今の僕には、もう、そう思うしかない。
責任逃れでも構わない。
僕も、彼が目を覚まして僕の元に来ることを
この俗物まみれの界隈で
俗悪な風習に塗れながら耐えることにする。
僕も罰を受ける。
筆山君。こっちも地獄だよ。
脳動脈瘤が破裂しても構わない。
殴りにでもいいから
早く僕に会いに来てくれ。
?
■月■日
絵が描けない。筆山君に会いたい。
酒の飲み過ぎだと、医者に警告される。
大きなお世話だ。
?
?月?日
いよいよ筆山君の出所日。
迎えに行きたいが、迎えに行きたくない。
彼から会いに来て欲しい。
もう、絵を描かなくなって
どれくらい経つだろう。
権威を笠に着れば
大衆はAIに描かせた適当な贋作にも
ありがたがって大枚を叩く。下らない。
日に日に酒の量が増える。
?
●月●日
酒を飲まずにはいられない。
筆山君が文士として大成すれば
僕もまた絵描きに戻れるだろうか?
彼が大作を書き上げるのを期待して
僕は待ち続けるしかない。
早く、この地獄から解放されたい。
?
●月▲日
筆山君がすっかり引き籠って
腐っているらしい。
生活保護まで受けて
完全に筆を絶ってしまっているとか。
…そんなのあんまりじゃないか。
僕はずっと筆山君を待っているのに。
あの弁護士のやり口を受け入れてまで
彼に賭けたのに。
これじゃ僕は
イスカリオテのユダじゃないか。
僕は、友人に文士として
立って貰いたいがために
やり過ぎてしまった。
ユダも、僕のようにパリサイ派に
言いくるめられたのかもしれない。
たった銀貨三十枚で、主を売り払った?
金なんて、いくら持っていようが
重くて苦しいだけじゃないか。
でも
ならどうすればよかったって言うんだ?
どうすれば筆山君は
文士として立ってくれたって言うんだ?
僕は、一体どう彼に償いをすればいいんだ?
…彼はなんで僕に会いに来てくれないんだ?
もういい。知るもんか。
僕の方から会いになんて行くもんか。
元はと言えば筆山君が悪いんじゃないか。
…いや、お互い様か。
何をしてるんだろうな、僕達は。
?
★月★日
筆山君に会いたい。
これ以上、酒を飲むと命に係わるらしい。
医者なんかに何がわかる。
?
?
?
?
?
(空白の頁が続く。最期の頁。
文字が紙から自然に浮き出している。
日付はない。)
?
また、サタンに逃げられた。
筆山君がいつも火炎魔法ばかり使って困る。
コキュートスの氷が溶けて、雪崩が起きた。
絶望を溶かしてできた海に
変な器が浮かんでいた。
拾い上げると、お猪口だった。
トニオ・サルバドール・
マクダニエル・ゴンザレス画伯が
何故か徳利を持っていたので
熱燗にして注ごうとしたら
筆山君が「これは僕の希望の船だ!」
とゴネて懐にしまってしまった。
彼は放火魔になって
頭がござってしまったのだろうか?
ユダは、まだサタンの口の中だ。
彼は筆山君の炎を間接的に喰らい過ぎて
最近なんだかコゲついてきている気がする。
香りもなんだか香ばしい。
早く助けないと
ユダまで筆山君に焼かれてしまいそうだ。
でも、もし彼が
筆山君にコンガリ焼かれてしまったなら
彼は今度こそ神の元に召されるのだろうか?
そうしたら、大事な人に
本音を伝えられるだろうか?
神様になったイエスは
元の、友人だった頃のように
ユダと語らってくれるだろうか?
…大丈夫。
神様も、そう捨てたもんじゃないはずだ。
僕らはそれをよく知っている。
ジューダスを救えるのは
クライストだけだということを。
?
?アカリ?
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投稿日時

絵が描けないのに行き詰って
筆山君の部屋を酒瓶片手に訪れたら
鍵が開いていた。
中では筆山君が、僕と同じように
筆の一歩を踏み出せず苦悩していた。
なんだか自分を見ているようで
胸が苦しかった。
何となく
今後の戒めにスケッチしておいた。
もう絵画展の期日まで時間もないのに
僕は一体何をしているんだろう。
酒瓶を寝ている筆山君の傍に置いて、帰宅。
?
〇月△日
コンクールに出すに値する絵が描けない。
いや、ひとつだけある。あの絵だ。
あの筆山君の
あと一歩を踏み出せずに苦悩している姿。
あれは僕自身だ。
しかし、よりよいものを求めて
その欲と抑圧の狭間で
矜持に押し潰されながら苦しむ。
それが芸術家の一番大部分を
占めている姿じゃないだろうか。
輝かしい瞬間なんて
その中に一瞬訪れるかどうかの
不実な芸術の女神のペテン
みたいなもんじゃないか。
絵の名前は
僕の名前をそのまま付けようとも思ったが、
やはり筆山君の名前を付けることにしよう。
あの絵は、彼のおかげで完成したものだ。
ならば勝手にスケッチしたお詫びと
お礼の念を込めて
彼の名前を少しでも
世に売ってあげるべきだろう。
彼は文士として
まだ世間に全然認知されていないことだし。
それに、あの絵は
僕と筆山君のシンクロニフィティを顕した
長年の友情の証みたいなものだ。
ならば僕の名義で出展して
タイトルは彼にすべきだろう。
?
◇月×日
僕の作品が世界絵画大賞を受賞した。
まさか
あんな勢いで描いた絵が評価されるなんて。
僕は今まで絵のことを
難しく捉えすぎていたのかもしれない。
ただ純粋な気持ちを
画布に塗抹すればよかった。
簡単なことじゃないか。
そんな簡単なことが
中々現代人にはできやしない。
それは「純粋な気持ち」自体が
擦り減って稀有なものになりつつあるから
なのかもしれない。
しかし、それで言うなら
僕にこの絵を描かせた筆山君の方が
余程に純粋な気持ちの持ち主だ。
彼は感情をありのままに
行動で表現することができる。
原稿用紙の前で変にカッコつけて構えずに
それを筆に込めて無心に作品に没頭すれば
きっと、必ず、彼も僕のように、いや
僕以上に人々の評価を得られるはずだ。
この絵を通して
僕の気持ちが筆山君に伝わるだろうか?
?
◇月▽日
同時受賞したトニオ・サルバドール・
マクダニエル・ゴンザレス画伯の絵を
鑑賞して、涙が止まらない。
あの絵には、真の愛と、贖罪と、無責任と
不条理と理不尽が混在していながら
奇跡的に一つの絵として
調和が齎されている。
なんて美しい絵だろう。
生々しい感情が
剥き出しに描かれていていながら
まるで絵に描かれた人物の一人一人が
絵を実体として
実際に生きているかのようだ。
トニオ・サルバドール・
マクダニエル・ゴンザレス画伯は
この絵を描くために生涯を費やし
その人生を極端なまでに芸術に捧げて
逝ってしまったそうだ。
芸術家が短命なるならば
かくありたいものだと思う。
芸術への滅私奉公。
僕なんかには、その代償なしに
こんな絵を描くことは
一生かかっても不可能だろう。
芸術家としての信念の差を
思い知らされる気持ちだ。
今、僕の絵は、トニオ・サルバドール・
マクダニエル・ゴンザレス画伯の絵と
並んで展示されている。
それはきっと僕の人生で
一番の栄誉に違いない。
?
×月〇日
筆山君に殴られた。
後頭部を強か打ったおかげで
くも膜下出血と診断された。
これじゃ
もう趣味のクンクメールもできない。
全くもって頭にくる。
でも、それで血圧を上げて
脳動脈瘤が破裂しては元も子もない。
これからは平常心を大事にしなければ。
…筆山君の直情的な部分は
出力する先をいつも間違える。
僕を殴りたいのなら、直接的にではなく
文学の力で殴って
思い知らせてくれればよかったのに。
いつになったら彼は
自分の才能のベクトルを
正しい方向に向けられるのだろうか?
彼はプライドが高すぎる。
文学に対して、あまりに高潔過ぎる。
このままでは、彼はその直情的な才能を
どこにも咲かすこと叶わず
文士としても人間としても
路頭に迷ってしまい兼ねない。
友人として
なんとか彼を正しい方向に
立たせることはできないものか。
?
□月▲日
絵画大賞を受賞してから
僕の生活は変わった。金が入ったからだ。
そして金を持った途端に
色んな人間が近付いてくるようになった。
どいつもこいつも、ろくでもない
教養もなく
芸術を1ミリも解さない俗物ばかりだ。
高い絹物や高い金物で武装している様も
実に醜悪だ。
中身がない者ほど
鎧を纏って、虚飾と詐術で世を謀る。
何時の時代も変わらない。
そんな中に、一人の弁護士がいた。
なんでも昨年の弁護士会で
大きな賞をとったらしい。
一見、誠実そうに振舞ってはいるが
その心胆は自信満々で太々しく
その双眸の奥には
とにかく獲物から金を
むしり取ってやろうという
狡猾で怪しげな光が
欲に駆られ渦巻いているようだ。
こんな奴が弁護士会の権威になっては
世も末だ。
?
□月▼日
例の弁護士が
筆山君の暴力事件で争わないか?
と持ち掛けてきた。
そりゃ一発は殴り返してもやりたい。
しかしそれは、芸術の力でやるべきことだ。
だが今の彼と僕では
その芸術性の世間的な評価が
あまりにもかけ離れ過ぎている。
僕が彼を芸術の力で殴ることも
もはやできない。
そもそも本音を言えば
あの絵で殴ったつもりだった。
殴った衝撃で、筆山君が真の芸術の道に
目覚めてくれることを願った。
しかし、それはただの
筆山君の癇癪の材料にしかならなかった。
僕は逡巡した。
芸術の力ではなく、法の力で殴られたならば
彼も少しは目を覚ますだろうか?
筆を正しい方向へ
向ける気になってくれるだろうか?
…僕の手の中にある
この使い道のない、金という紙切れの
正しい使い方があるとすれば…
?
?アカリ?
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投稿日時

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お題:異世界転生・歴史探訪
嘘つき同士の友情・最期の晩餐
希望と空虚・臆病者
据え膳食わぬは男の恥
正解と正しいは違う
?
美術館からトニーの『黄泉路』が
撤去されると聞いて
ロバートは飛んできた。
何でも悪質な落書きのせいで
元の絵への修復が不可能とのこと。
ロバートは
身寄りのないトニーの親友ということで
なんとかこれを譲り受けた。
絵の価値がなくなって
どうせ美術館側は
捨てるつもりだったのだから
自分が貰ってやった方が
トニーの希望にも叶うだろう
との行動だった。
?
しかし、絵は前にも増して
わけのわからないことになっていた。
凍てついた絶海で
人間を口に咥えた巨大な三頭の化物相手に
三人の赤い外套を着た男たちが
立ち向かっている。
トニーの顔をした男は斬撃で。
絵守画伯の顔をした一人は銃撃で。
そしてトニーにそっくりな顔をした
最後の一人は、両の手から焔を出し
我が世の春が来た。
というような高笑いを浮かべていた。
幸せそうに夜道を歩いていた
カップルの姿は消えていた。
無事
行くべきところへ辿り着いたのだろうか。
彼らがこの絵を見たらどう思うだろうか。
呆れて絶句するだろうか。
かく言うロバートも
意味不明が渋滞して一時放心虚脱していた。
?
が、これもトニーの形見には違いない。
ロバートは兵舎の部屋にこれを飾って
思考の彫刻が如く
穴の空くほどこの絵を眺めていた。
気が付くと全てが
冷ややかな微睡みという
氷の中に溶けてしまうような苦行であった。
ロバートは昏倒と覚醒の霧中で
尚も考え続けた。
飽き性な自分が、何故ここまでして
熱心にこの絵に執着するのか。
それはロバート自身にもわからなかった。
?
絵の魔力なのか何なのか
やがてロバートの目には
見えないものを見通す魔力か神力か
とにかく何やらが宿ったようだった。
どうやらこの化け物は大魔王サタンで
口に咥えているのは裏切り者の代名詞
ユダだということが朧気ながらわかった。
トニーたちはユダを救うために戦っている。
もしユダがサタンの口から自由になれば
ユダは裏切りの代名詞ではなくなる。
トニーたちはサタンを倒し
この世界から
ジューダス=裏切りの概念を剥ぎ取って
それを天界に
ノシを付けて叩き返すつもりなのだろう。
?
それからロバートは柄にもなく
辞書を何冊も買って来て
全てのジューダスの項を
毎日確認するようになった。
今ではすっかり彼の日課になっている。
ロバートは期待していた。
トニーの絵が
摩訶不思議な変化を遂げた時から
ある予感があった。
この絵は生きている。
生きてこの世界と繋がっている。
そして世界全体の理と戦っている。
自分はずっと待っていたのかもしれない。
いつか英雄が顕れて
この退屈で理不尽な世界を
因果の根底から断ち切り
ひっくり返してくれるのを。
絵を眺め、辞書を確認する度
ロバートはトニーたちと
同じ時を駆けている気持ちになった。
ジューダスの意味が動けば
自分はこの世に奇跡を認めることができる。
何となくこの絵には
奇跡が起きたり起こったりしそうな
希望の気配を感じるのだ。
ただ、そうなると
この絵から彼らの姿も消えて
『黄泉路』は
また違う絵に変ってしまうのだろうか。
否。
もはやこの絵のタイトルは
黄泉路ではあるまい。
『裏切りの救世主』とでも言おうか。
いつからかロバートにはこの絵と共に生き
同じ時間を過ごしていたい気持ちが
芽生えていた。
ジューダスの意味が変らないうちは
絵の中の彼らが戦っている
息吹を感じることができる。
しかし、やがて
戦いに終止符が打たれたならば
ジューダスは
何を意味する言葉になっているだろうか。
?
瞬間、立ち止まったロバートの頭に
雷光の如く言葉が過った。
かと思ったらその言葉は
ヌケヌケとまた戻ってきて
太々しく脳髄の真ん中に胡坐を掻いて
泰然自若と鎮座した。
?
『焼きたてのパン』
?
?アカリ?
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お題:異世界転生・歴史探訪
嘘つき同士の友情・最期の晩餐
希望と空虚・臆病者
据え膳食わぬは男の恥
正解と正しいは違う
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目を覚ますと
筆山は六畳一間で
カップ麺を吐き出しながら
ゲホゲホと咳き込んでいた。
どうやら、戻ってきた。
戻ってきてしまった。
生き残ってしまった。
筆山の目から涙は枯れ
代わりに鼻から豚骨が垂れていた。
数日後。筆山は絵守の墓石の前にいた。
そして、なけなしの金で買ってきた
紹興酒を墓の頭に浴びせながら独り言ちた。
「絵守。僕たちがなんだって
あんな世界に飛ばされたのかは
わからないがね。
僕は感謝しているんだ。
僕が君に会いに行かなかったのは
僕が一向に筆を執らなかったのは
白状する。怖かったんだ。
君は賞を取って世間に受け入れられた。
そして僕の元を訪ねてこなくなった。
癇癪を起こして君を殴った僕は
豚箱で辛酸を舐めた。
二年経って
やっと娑婆に戻ってきたと思ったら
君は更に遠い界隈へ行ってしまっていた。
君に追いつくために
僕も世に認められる大作を
書かなきゃいけないと思った。
地位も名誉も
君のサイドミラーから消されたような状態で
一体どんな顔をして
君に会えばいいのかわからなかった。
それに、あんな経験をして書いたものが
もし愚作だったら
僕は私小説家として終わりだ。
そんなプレッシャーが
無意識に双肩に圧し掛かって
僕を布団に磔にしていた。
つまりは、僕は自分が書いたものが
つまらなかったらどうしよう
評価されなかったらどうしよう
なんていう下らない
臆病風に吹かれていたのさ。
それで、その風が余りに寒いものだから
君や世の中を持ち出してあーだこーだと
堕落した現状を正当化するために
やらない理由を拵え続けていた。
ヌクヌクと何もせずに。
ひょっとしたら
君の方から訪ねてくるんじゃないか
君の方から堕落して
僕のところへ堕ちてくるんじゃないか
なんて益体もないことを期待して。
呆れた怠慢さ。
全く度し難いベルフェゴールだよ。
でも僕はあの世界で
バアル・ペオルになるくらいの
気概は得たんだ。
七大罪の悪魔からペオル山の主神へ
先祖返りして立身出世する。
その気概ってのはね。
とにかくグダグダ言わずにやることさ。
笑っちゃうくらいに単純だろう?
でも
世の中なんてそんなものだと思わないかい?
一つ、僕は君に約束をする。
僕は君との冒険を無駄にはしない。
命を賭して
あの世界で起こったことを全部
作品にしてみせる。
そしたら君、どれだけ凄いものになるか
わかりゃしないよ。
なんせこんな
エキセントリックな私小説を書けるのは
古今東西探しても
僕しかいないだろうからね」
筆山は絵守を見送り、そこから一か月間。
缶詰めになって小説を書き続けた。
それは筆山にとって最初の勇気だった。
それは筆山と絵守にとって
最期の思い出だった。
気が付けば、呑まず食わずだった。
筆山は
身体に栄養がなくなってダメになっても
魂だけで書き続けた。
席を立ってしまえば
二度と戻れない気がした。
絵守との約束を守る。
その一心で書き続けた。
そしてちょうど一ヶ月後。
筆山文彦史上初の大長編が完成した。
その原稿を前に
筆山は満足に微笑んでいた。
既に肉体は事切れていた。
しばらくして筆山の遺作が発表された。
『ジューダス・クライスト』。
その異色な説得力に人々は不思議と心打たれ
『ジューダス・クライスト』
は権威ある賞を総舐めにし
私小説にして
現代文学の最高峰とまで絶賛された。
非業の死を遂げた天才として
トニオ・サルバドール
マクダニエル・ゴンザレスの
再来とも評された。
そういえば顔がそっくりだ
ということも話題になった。
むしろそっちの方が
都市伝説として盛り上がった。
ドッペルゲンガー説、双子説、復活説
果ては陰謀論にまで波及して
オカルト界隈やディープステート界隈は
空前絶後の盛り上がりを見せた。
?
どこかで誰かが私を呼んでいる。
暗闇の中で目を覚ました筆山は
その声だけを聴いていた。
やがて声は
闇の中から実体を伴って顕れた。
「遅かったじゃないか、筆山。
早くこれに着替えて準備をしてくれ。
まだ僕たちの目的は
達せられてないんだからね」
赤い外套を身に纏った絵守が
闇の中に口を
開いた光を背にして立っていた。
その手には
同じような装備が抱えられている。
「絵守。どうしたんだい君、その恰好。
まんまトニーじゃないか」
「僕もデビルハンターに
転生させてもらったのさ。
なんせ僕はまだ
あのサタンの口からユダを救えていない。
ユダの言葉の意味が
『裏切り』じゃなくなるまで
僕の戦いは終わらないよ。
勿論、手伝ってくれるよな。相棒」
絵守は装備を筆山の目の前に置いて
座っている筆山を
粗相したカツオを見下ろす
波平のようなポーズで見下ろしていた。
「わかったよ。
僕もヤツにやられっぱなしじゃ
終われないしね。
それに、コキュートスの氷を全部溶かして
希望に変えてやらきゃならない。
僕は焼きたてのパンになりたいと
願ったことがあったがね。
やはり僕は焼く側の人間なのさ」
筆山はそう言うと装備を身に纏い
外套を翻して光の彼方へ消えていった。
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?アカリ?
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