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アカリ(21)
T164 B88(E) W56 H87
世界の終わりを
小銭で前払いする作法である。
「昼間から酒が飲めるんだって」
クロ子が気焔をあげている。
昼間から意識を酩酊させて
前後不覚を望むとは
何という不埒ものであろう。
そもそも、休日にとりあえず
浅草駅で待ち合わせをしてから
ブラブラしようという約束に
30分も遅刻しておきながら
第一声がこれである。
大方この大雑把な友人のことであるから
目覚まし時計も掛けずに寝た横着の報復を
いつも通り受けたに違いない。
仕事には一度も
遅刻をしたことがないと豪語する癖に
私との約束を
その外に置いて反故にするとは
全体どういう了見であろうか。
私と仕事どっちが大事なのよ!
という古からの伝家の宝刀の柄が
喉元まで出かかったが
返す刀で仕事と答えられる可能性も
往々にしてあるのであって
そうなってはこちら矢も楯も堪らず
そのまま絶縁と相成る未来も
想像に難くはない。
仕方がない。腐っても友情。
もし友情をバナナとするならば
腐りかけが一番美味しいともいえる。
私は、この腐れ縁の道の先に
ひょっとしたらうまい話が転がっているのを
見つけるかもしれない
という秘めたる打算を
頭の中で少しく弾いてから
雑技団よろしく宝刀の柄を
元の胃の中に収めた。
しかし聞けばこの女、夕べも遅くまで
会社の付き合いで飲み過ぎたために
この不祥事をしでかしたとのことである。
であるならば、何故に重ねて酒を呑もう
などという発想が出てくるのであろうか。
昼間から?んで?まれて呑まれて呑んで
微睡み、目を開けると見知らぬ天井。
ぐるり見れば、そこは寂れた倉庫。
半裸に剥かれたクロ子の両手両足は
安っぽい手術台に固定され
周りにはどう見てもカタギではない男たちが
不穏な笑みを浮かべている。
その間を縫って腰の曲がった初老の小男が
キャスター付きのテーブルを
押しながら現れる。
テーブルの上には赤茶けたサビの浮いた
不衛生そうな鋏やメスがズラリ。
クロ子は漸く己の置かれた状況を悟る。
なんということか。
酩酊の末に路肩に酔い潰れ
そこに通りかかって
自分の介抱を引き受けたあの紳士が
実は臓器売買の闇屋だったなんて。
そういえば、アカリは一体どうしたんだ?
友人のかかる異常事態を鑑みて警察を頼り
今まさに直談判を終えて助けをこちらに
寄こしている最中であろうか?
いや、あの薄情者のことだ。
さては、酔いつぶれた私を
よりによってこんな治安の悪い
浅草の路地裏にほっぽり出して
お一人様でご帰宅しやがったに違いない。
許すまじき外道だ。
畜生の人非人め。
こうなったら末代まで祟ってやる。
例え私の臓腑が世界を駆け巡ろうと
恨みを宿した腎臓・肝臓が
移植者の意識を乗っ取り
必ずあの裏切り者を追い詰めるだろう。
そして無情にも夜の刻は
犠牲の嘆きを嘲笑うかの如く過ぎ去り
クロ子の呪詛は倉庫を覆う
黒い靄と一体になって黄泉を流転。
一回りして浮世に辿りついたその怨念は
虚大霊となって
竜の口、獣の口、偽予言者の口から
三つの汚れた霊として顕現。
それらはアカリを見つけるや否や
あっという間にかっ攫い、憐れ彼女は
ハルマゲドンという巨大な厄災の中に
呑み込まれ消えてしまった。
アカリの行方は、誰も知らない。
なんてことだ。
話が黙示録にまで発展してしまった。
ええい、ヨハネ黙示録十六章のことなど
誰が信じるものか。
ともかくクロ子は想像力が足りないのだ。
かかる事件の待ち伏せの可能性を
露とも考えず
泥酔に泥酔を重ねようとは、何たる暗愚か。
離島生まれのこの女は、所詮
本土の土を踏むようにはできていないのだ。
そういえば、彼女の父親というのも
聞くところによると
津波にサーフボードを持ち出すような
向こう見ずの蛮族だったではないか。
クロ子も親譲りの無鉄砲で
子供のころから
損ばかりしているに違いない。
全くとんだ坊ちゃんである。
二階から飛び降りて
腰を抜かす方がまだしも健全だ。
「仲見世通りでお酒片手に
食べ歩きでもいいんじゃないの?」
「それじゃ飲みって感じがしないじゃん。
日中の酒場の雰囲気がいいんじゃん」
彼女は尻を落ち着けて飲むことに拘り
一向に譲らない。
どうやら、そうすることで
社会から這放たれた背徳感を
より一層堪能できるという腹積もりらしい。
私は呆れ果てた。
そんなインスタントなアナーキズムのために
どうして肝臓と休日を
潰さなければならないのか。
しかも彼女の示す酒場は
仲見世通りから大きく外れたところにある。
わざわざ浅草まで来たのにも関わらず
どうしてそんな
僻地まで行かねばならないのか。
それより私は、スカイツリーに登って
アリのような人込みを眼下に据えて
トロイアを見下ろす
ゼウスの気分など味わいたかったのに
クロ子は全く取り合わず
気付けば通りを外れて
裏路地をズンズン進んで行った。
やんぬるかな、私は観念して
偽予言者候補の後を追いかけた。
?アカリ?
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