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アカリ(21)
T164 B88(E) W56 H87
そしてついに、順番が回ってきた。
遠くから眺めるのに
飽き飽きしていたはずのパーテーションは
間近に寄ると
生々しい時間の風を心にふき込んできた。
緊張が血中のヘモグロビンひとつひとつに
伝導して全身に行き渡る感覚がした。
心臓の鼓動がピッピッピッピッ
っと速くなりすぎて
もはや音が繋がってピー
…とご臨終しそうだった。
前職でタレントに対しては
耐性がついているものだと思っていたが
どうも推しというものは
そんなことに関係ないらしい。
生れて初めて感じる逢瀬の胎動に
身体を強張らせつつ
パーテーションの中に歩を進めた。
仕切りの中の狭い空間は
白く発光していた。
勿論、どこにも
特別な光源なんてなかったのだが
新しい光が広がっているような心地がした。
その中心にある
テーブルを隔てた目の前に、彼女はいた。
少し幼さを残しつつも美しい顔立ち。
陰りも屈託もない笑顔。
小柄でスレンダーな体躯は
会場中の光を集めた中から飛び出して
まるで空気をくり抜いたかのような
くっきりとした輪郭を描いていた。
「わあっ!女の人やぁ!
嬉しい~!ありがとう!」
会った瞬間に、彼女の顔は
久方ぶりの親友と再会したかのように
パッっと明るく開いた。
「初めましてですよね?
どこで私のこと知ってくれたんですか?」
「エッ、アノッ、ワタシ
イツモドウガデ、ミテマシタ」
余りの眩しいオーラに
私は影ごと小さく縮んでいきそうだった。
彼女は更に目を輝かせた。
「うわあ!なんや恥ずかしいなぁ~!
でもアレで知ってくれた方も多くて!
ありがたいですホンマに!」
キラキラした瞳が
真っ直ぐ私の眉間を的確に射抜いてくる。
「アノ、キョウ、ワタシ
コウイウノクルノハジメテデ
キンチョウシマスネ」
「ええ!ホンマですか?
うわ~!嬉しいなぁ!
ほんなら気合入れてサイン書きますからね!」
丁寧にイラストを添えて
カレンダーに可愛らしいサインを描く彼女は
その姿からさえ一生懸命さが伝わってくる。
「…ハイッ!どうですか?」
「スゴクカワイイデス」
「良かった~!」
その後、私は一通り
動画を通してとても感動しただのなんだのと
お気持ち表明を一通り伝えた。
彼女はそれに逐一
これまた感動の籠った
リアクションで返してくれた。
「じゃあじゃあ!チェキ撮りましょ!
どんなポーズがいいですか?」
「ア、エエト、ナンカ、ドウシマショウ?」
「じゃあ、二人でハート作りましょう!」
彼女は自然に私の隣に並び
蝮の顎の形にした
左手を私に差し出してきた。
唐突な接近に私は
身体の前側の体積が粒子に削られて
影の中に逃げ込んでいく気がした。
そして
ぎこちなく大福を掴むような形の右手を
蝮の顎に合わせた。
なんだか右肩上がりなハートが出来た。
シャッターが切られる瞬間
私はカチコチの表情筋を
無理やりに吊り上げた。
「ホントに来てくれてありがとう!
今日ホンマに会えて嬉しかったです!」
私は最期まで平身低頭の体であった。
彼女と空間を同じくした時から
その輝きに圧倒されっぱなしだった。
しかして私は
なんだか明日の活力に満ちていた。
これが推し活の効果だろうか。
彼女は終始笑顔で目を見て
凄く心から向き合って、壁なく喋りかけて
元気を与えてくれた。
そして彼女もまた
自分のためにここまで足を運んでくれた
ファンに心から感激し、元気を増していた。
なんと健やかな永久機関であろうか。
チェキを見ると、夏の光のような笑顔と
波打ち際の巌のような笑顔が並んでいた。
あの場の空気そのものを
残酷なまでに切り取った
かのような写真だった。
推しは、会いに行く前と後で
印象は何も変わらなかった。
天然自然、和顔愛語、温厚篤実
でもただの女の子で。
それが、とても嬉しかった。
本当にあんな子がいるなんてことが驚嘆だった。
そして、チェキを見ては
なんだか心に穴が空いたような気分になる。
また推しに会いに行った時は
次こそシャンとした姿で
チェキを撮れますように。
願いながら
チェキを片手にドーナッツを食べている。
この甘い甘い外枠を食べ尽くしたら
心にぽっかり空いた穴もなくなるだろうか。
そんなことを適当に思いながら。
?アカリ?
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