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投稿日時

忘我のうちに私はしばらく人込みを彷徨い歩いていた。
頭に蕎麦が乗った男を見た現地の人々は
戸惑い、皆これを遠巻きに倦厭したが
私はもはや明鏡止水の境地にあった。
泰然自若として憚らなかった。
何故なら一時的に心が死んでいたからだ。
仮死状態にあっては
羞恥も面目も意味をなさないものなのだな。
私はある種の
良くない悟りを開いた気分だった。
しかし、意識が息を吹き返しては
動揺して頓死してしまうかもしれない。
危うく思った私は、途中にあった手洗いで
体に纏わりつく胡乱なものを
急ぎ洗い落とした。
すると何ともいえない寂寥感が襲ってきた。
人込みの中にいて
まるで一人荒野を歩いているようだった。
女に出て行かれ
ヤタケタで信州くんだりまで来て
蕎麦屋に入って、尚も私は孤独だった。
何一つ満たされなかった。
私は十割の男になるためにここへ来た。
ところがどうだろう
今の私は二分五厘くらいに
小さくなっている気がする。
これなら東京で二八蕎麦男だった方が
まだマシだった。
帰ろう。我が家へ。
白塵の支配する1LDKへ。
嗚呼、やだなぁ。めんどくさいなぁ。
ハウスクリーニング頼もうかなぁ。
いやでもタクシー代がなぁ。
?
纏まらない思考で駅へ向かっていると
黒塗りの看板が光って見えた。
「きよみず」という金文字が
その中に細く舞っている。
さっきの店とは真逆の風貌。
その佇まいに、静かな誇りを感じた私は
此処を最期と立ち寄ってみることにした。
「きよみず」という店名からして
自分にはお誂え向きだ。
ちょうど今、そんなところから
飛び降りたい気分なのだから。
相変わらずヤタケタな気分には
変わりなかったがしかし、意に反して
店内は趣深い内装で居心地がよかった。
店自体が温度を持っているような
暖かで静かな木の香りのする店。
広さは先程の店より少し広く
四人掛けのテーブルが六つに
カウンター席が八つ。
お客は既に十人以上入っている。
中々繁盛してるじゃないか。
手入れの行き届いた
木製のテーブルに腰を掛けると
「いらっしゃいませ」
凛と澄み切った良く通る声で
女店員が一人駆け寄ってきた。
また女か!と身構えたのも束の間
私は一瞬にして意を翻した。
その女のあまりの美貌に
目を奪われたからである。
派手なタイプではないが
朝ドラ女優のような正統派の美人であった。
艶のある黒髪を肩口あたりで整えている様が
健康的な快活さを伺わせる。
さっきの店の女と同じ人種とは思えない。
向こうが出っ歯の義経なら
こちらは牛若丸だ。
そういえば牛若丸の本当のモデルは
頼朝だと聞いたことがある。
なるほど九郎判官と鎌倉殿では
勝負は決している。
ならば今度こそ
本物の蕎麦が食えるのではないか。
と、思ったがメニューに蕎麦がない。
なんということか。
外観からはわからなかったが
此処は饂飩屋であった。
しかし、考えようによっては
これは僥倖ではないか。
今思えば私は、女に報復されたことに
端を発して蕎麦に拘泥し
いつの間にか意趣返しの念に囚われ
蕎麦の世界に
閉じ込められていたんじゃないか。
その結果、蕎麦に嬲られ、嘲られ
ボロボロになってこの饂飩屋に辿り着いた。
これはお導きだ。神の声が聞こえる。
「男ならば、太く短く生きよ」と。
細く長く生きるなど、男の道ではないのだ。
私の誠は、饂飩の先にしかないのだ。
嗚呼、やっと道の開ける時がきた。
否が応にも高鳴る期待に呼応するかの如く
鎌倉殿の饗応は心地良いものであった。
ただの水でさえ
鎌倉殿が運んでくるとそれは
アムリタの聖水の如き甘露に感じられた。
そしてついに饂飩がきた。
誂えたのはおろし饂飩である。
何故またおろし饂飩なのか。
これには密かな打算・腹案があった。
考えてみれば、あのような因業な店でさえ
おろし蕎麦の味は確かだったのである。
いわんやこの店のおろし饂飩の味たるや
蕎麦と饂飩の垣根など遥かに超えて
耶蘇や釈迦でも口にしたことのない
神懸りな絶品に違いない。
私は内心で勝利を確信しながら
割り箸を丁寧に割り
この先の有望なる前途を祝して
丁寧に饂飩と薬味と大根おろしを
つゆの中で混ぜ合わせ
そしてゆっくりとした所作でこれを啜った。
?
地獄のような味がした。
絶望を雑巾絞りしたようなつゆは
独特の臭味をもってどこまでもしつこく
麺は太すぎてもはや
マカロニのようなというか
祟り神のニョロニョロみたいというか
果たしてこれ食物として機能しているのか
脳髄が錯乱状態にある上に
蜘蛛の糸に群がる亡者の苦しみを
煮詰めたような薬味と
神が山中鹿介に与えるはずだった七難八苦を
山盛りに削ったような大根おろしは
もはやこれのどこに原材料の味が
残っているのかわけがわからない。
全体的に、これならシュールストレミングと
ブルーチーズの佃煮の方が
全然イケるんじゃないかという有様で
私は昏倒して意識を涅槃に飛ばさないよう
丹田に力を籠め、尻の穴を絞めて
脂汗を流しながらこの食事という名目の
責め苦に耐えていた。
「お勘定!」
私は堪え切れず悲嘆して
千円札を机に叩きつけ
疾風の如く店の外へ遁走した。
何故そんなことをしたのか?
涙だ。
あまりの苦渋に涙が溢れ
止められなかったのだ。
しかし、男の涙を
容易く余人に見せては人生の行き止まり。
結果、私は食半ばにして
己が感情に行動を支配され
戦を投げ出してしまった。
負けた。私は負けた。
きっとあの女
黄泉の国であれを拵えたに違いない。
何のために?
私の味覚を破壊するためにだ。
思えば義仲を討った義経は
頼朝の命によってこれを行ったのだ。
私はとんだ思い違いをしていた。
私が木曽義仲であるならば
鎌倉殿が味方のわけがないじゃないか。
結果、私は敗北した。
やはり史実は変えられないのか。
木曽義仲は源氏に滅ぼされる運命から
逃れられないのか。
そして私は同じようなことを
前にも言っていたような気がする。
脳髄が痺れてもうそれもよくわからない。
わからない。
私にはもう何が誠で
何が嘘なのかわからない。
体を引きづるようにして東京に戻った私は
自宅近くで二八蕎麦を食べた。
なんだかとてもホッとした。
人生、本音二割で生きていこうと
そう思った。
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投稿日時

私は現実の扉を開いた。
すると目の前に門前町が広がっていた。
その中を、学術都市らしく
真面目そうな人々が行き来している。
これは、蕎麦の方も
さぞかし真面目に違いない。
私は導かれるように
目の前の雑踏の中に身を吸い込ませた。
少し行くと
何だか気になる蕎麦屋を見つけた。
全体的に古びていて
まるで昭和の残骸のような店構えである。
隠れた名店というものは
自己主張の弱いものである。
更にこの、見るからに
外見にリソースを割いていない姿勢。
本物だ。本物がここにあるに違いない。
私は勇み足で「かたじけない」
と言いながら暖簾を潜った。
何がかたじけないのかは
自分でもわからなかった。
いらっしゃい。
店主の声が店の奥から…否。
何も聞えなかった。
見ると、女の店員が一人
盆を持ったまま
テレビを見て突っ立っている。
四人掛けのテーブル席が四つ。
客は一人もいない。
私は女の近くの席に無言で尻を据えた。
女はそれでも動かない。
なんたる怠慢であろうか。
わざわざ都会から客人が来ているというのに
シカトを決め込むとは。
この女、そんなに
鬼平犯科帳の再放送が大事なのか。
私はわざと大きく咳払いをした。
あまり大きくし過ぎて
本当に咳き込んでしまった。
女はやっとこちらを見た。
怪訝そうな眼差しであった。
さては私を肺結核症患者か
何かと訝っているのか。
無礼な女である。
女は裏手からガラスコップに入れた
水を持ってくると
必要以上の膂力でテーブルに叩きつけた。
派手に飛沫が飛んで
テーブルと私のTシャツに
斑な染みをつくった。
コップの水が飲んでもないのに
半分に減った。
おのれこのアマ、という心を
しかし私は圧し留めて平生に振舞った。
それは私が女に対抗しても
ろくなことにならないことを
知った上でここにいるからだ。
「おろし蕎麦ひとつ」
私は何食わぬ顔で注文した。
女は発語どころか会釈すらしない。
かろうじて意思疎通は叶っていたらしく
まもなくしておろし蕎麦が運ばれてきた。
そしてまたも女が要らぬ膂力で
その椀を叩きつけるように置いたものだから
つゆが四方に飛び散り
私のTシャツは
更にヴィンテージ加工された。
私は耐えた。
ここで怒れば負けである。
殊に男女の戦いにおいては辛抱が要なのだ。
しかしこの女、妙に個性的な顔をしていた。
女にしても大分と背が低く
遠くからでもわかるほどの出っ歯であった。
この特徴どこかで
と心覚え帳を手繰ってみれば
嗚呼そうそう、これは平家物語に記された
源義経その人ではないか。
なるほど今の私は
恋愛という戦に敗北し都を追われ
信州に逃れた令和の木曽義仲である。
そして義仲は
九郎判官義経によって討たれた。
この女が義経の名代というならば
この不遜な振る舞いも
合点がいくというもの。
さらば尚更ここで負けるわけにはいかぬ。
木曽義仲の無念、ここで晴らしてみせよう。
そう意気込んで私は蕎麦を混ぜ合わせ
一気に口中にかきこんだ。
美味い。激烈に美味い。
爽やかな朝霧を思わせる
程よく濃厚なつゆを吸った麺が
舌に八岐大蛇のように絡みつき
腰を振って飛び跳ねている。
そのヨサコイのような食感の心地良さ。
そこに大根おろしが
山を彩る雪の如く降り注ぎ
薬味が峰を覆う白雲のようにして
口中に微涼を生じた。
義経の無礼を差し引いても
お釣りが来るほどの美味さだった。
私は忘我のうちに
これを口にかきこみ続けた。
いつの間にか、別の客が
後ろのテーブル席についていた。
目の端に、女が盛り蕎麦を
運んでいるのが見えた。
その女の像が傾いた。
次いで頭に不快な粘っこい
ドロドロした感触が起こった。
更に追って冷たく黒い雨が降り注いだ。
私は箸を止めて静止した。
女が何かに蹴躓いて私に
蕎麦とつゆをコンボで浴びせかけたのだ。
身も心もグチャグチャの私は
しかし不信に思い
女の足元をチラと盗み見た。
蹴躓くようなものは何もなかった。
「お勘定!」私は堪え切れず
憤慨して千円札を机に叩きつけ
脱兎の如く店の外へ遁走した。
何故そんなことをしたのか?涙だ。
あまりの屈辱に涙が溢れ
止められなかったのだ。
しかし、男の涙を
容易く余人に見せては人生の行き止まり。
結果、私は食半ばにして
己が感情に行動を支配され
戦を投げ出してしまった。
負けた。私は負けた。
きっとあの女、何も無いところで
わざとバランスを崩したに違いない。
何のために?
私の感情を刺激するためにだ。
結果、私は敗北した。
やはり史実は変えられないのか。
木曽義仲は九郎判官義経に
滅ぼされる運命から逃れられないのか。
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――私は十割になれぬまま
八割の嘘と二割の涙を啜り続けた。
?
帰宅すると部屋中に白塵が舞っていた。
1LDKの居間から鈍い音が響いてくる。
バン。バン。ドスン。
女が蕎麦を打っていた。
居間のテーブルの上で打っていた。
冷蔵庫の傍らには長い麺棒が立てかけられ
床には大きなこね鉢が転がっている。
女は生地を両手に抱え
押し込み、捻り、巻き込み
一心不乱にテーブルに叩きつけている。
本気である。
「なにやってんの?」
「菊練り」
女は振り返りもせずに短くそう答えた。
「なにそれ?」
「邪魔しないで。今、粉の人格を
ひとつに統合してるところなの」
意味が分からないので
戸口に突っ立ったまま
手持ちの携帯で調べてみた。
なんでも菊練りとは、蕎麦生地を纏めながら
菊の花のような模様を作る練り方らしい。
「うちを葬式会場にするつもりかい」
「見た目が花びらになるまで辞められないの」
すでに女の頭の中がお花畑だ。
と言いたかったが、女の傍らには
包丁があったので言い出せなかった。
「その、なんで蕎麦を
打ってらっしゃるんですか」
「私は十割で生きていたいの」
「どういう意味ですか」
「あなたは二八蕎麦なのよ。
いくら広告代理店だからって
建前ばっかり」
「えーと
僕の本音と建前の比率が二対八だと。
信用できない二割に苛々してらっしゃると」
「いいえ、八割よ」
ドバン。という音がして粉塊が潰れた。
テーブルにひしゃげて広がった
それが自分のように感じた。
「今何時だと思ってるの」
「あ、それは飲み会が長引いて」
「楽しかった?」
「いや、ずっと部長の武勇伝を聞いてた」
「あなたの武勇伝は?」
「へ?」
「交際記念日にホテルで何してたの?」
血の気が一気に引いた。
交際記念日。全く覚えてなかった。
むしろよく覚えていたものだと
女をいじらしく思った。
同時に良心の呵責が
大蛇のように心臓を締め付けてくる。
そう、今はそれどころではない。
一瞬でも気を抜いたら
意識が涅槃の彼方に遁走してしまいそうだ。
なんだか息をするのも億劫になってきた。
破裂音のような
蕎麦打ちの音が一際大きく室内に響いた。
瞬時に魂がグラグラの現実に
引き戻されて苦しく三転倒立した。
「私は十割で怒っている。
あなたの八割の嘘で凌げる?」
喉がカラカラで言い返せない。
虚脱した体に僅かに残っている
ワンナイトの熱が
下半身から這うように昇ってきて
その首を更に締め上げる。
「黙ってないで何か言ったら?」
そうだ。
今、沈黙は金ではない。むしろ鉛だ。
このままでは船ごと沈んでしまう。
何か言わなければ。
その一心で丹田に精神を集中させた。
そして無念無想の境地から
搾り出た言葉ひとつ。
「その、GPS?」
?
気付けば私は信州にいた。
何故かはわからない。
都を追われた
木曽義仲の霊に導かれたのだろうか。
女の去った自宅は惨憺たる有様だった。
蕎麦粉が静電気で
現代アートのように壁に付着し
排水溝はドロドロに詰まり
エアコンのフィルターは滅却。
パソコンは死亡してただの箱となった。
粉雪状態の床を見て
私はレミオロメンを絶唱した。
夜中の1時であった。
ドアを激しく叩く者がある。
トライバル柄の刺青。タンクトップ。
角刈りマッチョ。右フック。
私の意識はそこで途絶えている。
目が覚めて朝。
ふらつく足取りで表に出ると
世間が当たり前の顔をして歩いている。
私は当たり前ではいられない。
タクシーがビュンビュン通り過ぎていく。
勿体ない気がしたから一つ拾った。
「長野県まで」12万円。クレジット。
Xのタイムラインをスライド。
「当日50万円!
審査不安でも本当に借りれた!」
なんだ。余裕じゃん。
しかし私は何故、信州にいるのか。
私に聞いてみよう。
私は私の中を訪ねてみた。
すると、鬼のような形相で
蕎麦を打っている私がいたので
私はその怒れる私にインタビューしてみた。
「本当の蕎麦を食べるためだよ。
あの女、大体なんだあれは。
あんな、打ち台も拵えずに横着しやがって。
どうせあのテーブルだって
消毒も拭きもせずに
打ってたに違いないんだ。
そんな黴臭いもんが蕎麦って言えるかい?
てやんでい。言えるかっての。
何が十割だ。ブドウ球菌女が。
だからなあ
俺はホントの十割を探しにきたんだよ。
ホントの十割を摂取して
ホントの十割になるんだよ。
八割虚言野郎だと?
営業の苦労も知らん大学女め。
これは反撃だよ、なあお前。
本物の蕎麦食ったら
俺らまだ負けじゃねえんだ」
言いながら、憤怒に駆られた私は
そのまま蕎麦の中に
吸い込まれて消えていった。
真っ赤な蕎麦生地が
打ち台の上にポツネンと残った。
その赤色を見て
私の心の中に情熱の火が僅かに灯った。
そうだ。
私は蕎麦を食うためにここに来たのだ。
そして本当の蕎麦と出会った先に
細長くともコシのある道が
開けているに違いない。
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?アカリ?
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小説のネタを募集させていただきます??♀?
おかえしができるとしたらこれかな?と思いまして
来てくださった方に
大喜利のお題的にしていただいたものをお書きいただき
それを小説の種として使わせていただきます!
いただいたお題からランダムで一日一個
掌編小説or短編小説にして行けたらと思っております。
次回は出来れば商業で
随筆でなく小説集を出したいと考えているのですが
自分の小説より皆さんに還元できる形の
小説集に出来ればと思ったので
このような形にさせていただければと思います?
よろしくお願いいたします??♀?
投稿日時

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?
編集者から珍しく電話がかかってきた。
2月に出した短編集がランキングに入って
地上波にその名前が
表示されるかもしれないとのこと。
何でも「殿様の昼飯」という番組らしい。
ということは
ばらずし・お吸い物・茶わん蒸し
などに並んで私の本がグズグズに煮込まれ
ほどよい糊のようになって
供せられるということだろうか。
その場合、もしハードカバーの
ポリプロピレンが溶けきれずに残り
殿様の喉に詰まり
あわやご逝去などの事態に到ったならば
私は一体どうなってしまうのだろうか?
その殿様が古ローマの
ヘリオガバルス並の暗君だったならば
ワンチャン私の石像がたてられたり
何となれば何万石かもらって
地方大名として
左団扇で暮らせるかもしれない。
しかし、普通に考えれば切腹であろう。
その場合、介錯人は
こちらで頼めるのだろうか?
今も伝説の首切り役人
山田浅右衛門の家業は
続いているのだろうか?
もしかの山田浅右衛門の
紙一重の秘技を目の当たりに出来るのならば
今際の際に是非ともお願いしたいものだ。
?
と、いつものように妄想が白痴の彼方に
飛び立とうとするのはおいといて。
これは結構凄いんじゃないか?
商業出版ほどの広告も営業もなしに
これと言って推せるような
パンチラインになる経歴もない帯の本が
しかも、しがない一夜職の女の本が
直木賞作家などと
同じランキングに入るなんて。
「これは結構凄いんじゃないですか?」
「まあ、急遽差し込みのニュースや
撮れ高のある企画とかが入ってきたら
放送されないかもしれませんけどね」
「そんなこと言わずにとりあえず
一緒に喜んでもらっといてもらった方が
××さんの功徳にもなると思うんですがね」
「そうですか、まあ売上が正式に出るのは
五月くらいになりますから」
「じゃあ五月は五月晴れですね」
「まあ五月雨にならないよう祈りましょう」
「あの、まあまあ言うの
辞めてもらってもいいですか?」
私はヒロユキのような口調でそう言って
電話を置いた。
?
そして無事、放送に乗った。
?
というか後日
三省堂池袋書店に行ってみると
週間ランキングノンフィクションで
一位になって棚に飾られていた。
まさか初出版した本が
あのアドラーの隣に並ぶ日が来ようとは。
明日は空から
グングニルが降ってくるんじゃないかしら。
?
しかしこれは、とにもかくにも
地上波に出た上にこの上守備である。
さしもの私もこれを自慢…
いやさ宣伝しなければなるまい。
それが渡世
いや、人情、いや仁義
または十界互具における
一念三千の法理の顕現であろう。
私は一体何を言っているのか。
わからない。
そもそも私が写メ日記で
こんなことを嘯いて
果たして喧伝になるのか。
それとも宣伝カーをレンタルして
渋谷スクランブル交差点の真ん中に乗りつけ
壇上で泡沫候補の断末魔の如く
「ノンフィクション!ノンフィクション!」
と叫べぶべきなのだろうか。
?
わからない。私には何もわからない。
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しかし寝覚めの悪い頭で私はふと考えた。
果たして本当にそんな理論に
帰結してしまって良いのだろうか?
因果というものは理屈で説明のつかぬもの。
私が万華鏡によって曼荼羅に
思いを導かれたことは純然たる事実であり
なんとなれば万華鏡にて偶然の宇宙を発見し
そこに秩序の宇宙としての曼荼羅が
存在していたという
見方もできないことはない。
してみれば、これは視覚による
瞑想から通じた必然的な出会いとも言える。
ひょっとしたらこれこそが
人智を超越した観世菩薩のお導き
であるのかもしれない。
こうなったら私はいっそ
曼荼羅を買ってしまおうかしら。
というと、私の中の私が
「我利我利な妄想に恋着して
勝手に純朴女学生気取ってんじゃねえよ
このスベタ!」
と私を糾弾してくるだろうが
こんな内なる私の声に負けていては
私は私をいつまでたっても
この私に統合できない。
?
となれば、私はもはや私の精神を
統合するためにも曼荼羅を買うしかない。
買うしかないのだが
そうすると今度は別の問題が出てくる。
大体において私は無宗教家である。
そんな凡骨が
仏教の教えを顕した神聖なる曼荼羅を
ろくに理解もせず和様建築から程遠い
RC構造のリビングに飾る
などという行為は
流石に身の丈に
合わないのではないだろうか?
例えるならばそれは
恐れ多くも弘法大使の袈裟を羽織り
合わぬ丈の裾を引きづって新宿などを徘徊し
尊い法衣をトー横の地べたで汚すような
不道徳極まる蛮行に
値するのではなかろうか?
そのような冒涜めいた真似を
果たして大日如来が許してくれるだろうか?
否。
例え仏が許したとしても
そんな私は、私の私が許しはしないだろう。
何より私のことは
私が私よりもよく知っているはずなので
私には私の考えが
手に取るようにわかってしまう私。
なんだか私は私が
大日如来よりも恐ろしくなってきた。
嗚呼、私がゲシュタルト崩壊してゆく。
この剥がれ落ちた私の中心にこそ
ひょっとしたら曼荼羅の本質が
あったりするんじゃないかしら。
そこから世界が広がってゆくのかしら。
その世界はまた私に満ちているのかしら。
あな恐ろしきは私なり。
こうなったら私は私の世界から
私を放逐しなければならない。
そうするとやはり私には
曼荼羅が必要なのではないかしら。
私の精神は曼荼羅によって
宇宙に同調接続され
私は曼荼羅の中心から
因果律を巡って再び中心へ帰る。
私に還りなさい。
燃える魂。レッドソール。
魂のルブタン。なにがやねん。
?
そうしてなんやかんやで
若干のトランス状態に陥りながら
思考の旅を巡り経て
浮世に何とか帰り着いた私は
今、居間で茶を啜りながら
サルートの新作やら
おぱんちゅうさぎの景品やらに
目を通している。
居間居間しいことである。
こうして万華鏡からも
曼荼羅からも解放されて
仏罰を怖れることもなく
なまぬるい時間を眺めていることの安らぎ。
混沌が秩序へ収束する瞬間の絵巻の巻末に
このような静謐な宇宙が
顕れるのではないか。
私は一体何を言っているのだろうか。
結局、私の買い物というのは
いつもこのような不実と逡巡の連続に
翻弄されて儘ならないのだ。
それもまた人生。
いとをかし。欲し茶菓子。
そんな風に茶を啜りながら
お茶を濁していると
その味が少し
渋みを増してきたような気がした。
部屋の隅には、買ったばかりの万華鏡が
ワビサビを帯びて転がっていた。
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投稿日時
投稿日時

結局、私の家に程なくして万華鏡が届いた。
三角形に配置された三枚鏡が
色とりどりの無数の硝子片を
夢幻の空間に千変万化して魅せる。
これを眺める時間のなんと幽遠なことか。
まるで鏡の世界に吸い込まれていくようだ。
何とかして逆に私の方に
このミラーシステムを
吸収できないものだろうか。
そうすれば私は永遠の曼荼羅模様を
この世に顕現することができるじゃないの。
おや?曼荼羅?
そういえばこれ、曼荼羅に似てないかい?
さては万華鏡という代物は
曼荼羅をなんとか三次元的に
再現するためにできたのだな。
この中心から放射する秩序といい
無限に続くような広がりといい
曼荼羅に共通しているじゃないか。
あの唐突な欲望の発露は
万華鏡が私を曼荼羅に導く
因果律の連環だったのか。
いやはや、我ながらなんと勘の鋭いこと。
こんなにニュータイプなオナゴが
令和の浮世に在るなど
お釈迦様とて気づくまいて。
くわつはつはつはつ。
私は文学上でしか伝わらないような
高笑いをあげて、随分いい気になっていた。
?
全然、関係なかった。
万華鏡は、遠いスコットランドの
とある才気ある紳士が灯台の光を
遠くへ送るために鏡を研究している最中に
ついでのように発明したものらしい。
なんと軽やかな誕生であろう。
私は時を越えて彼に喝采を送りたい。
対して曼荼羅は
仏教の高名なる教えがあまりに難儀で
人々が首をかしげてしまうため
「ならば絵にして示そう」という
慈悲深い発想から描かれたものだという。
まったく共通点がない。
根の根から、まるで違う。
私は時を置かずして私に叱責を送りたい。
なんと私の脳は
都合の良い幻想を編み上げることか。
人間の錯覚というのは
こうした見当違いの恋にも似た
妄動から始まるものに違いない。
私はまたも、叶わぬ恋に夢を見てしまった。
そして目を覚ますと
己の勘違いに恥じ入り
自らの内なる呵責に身もだえしながら
小一時間布団の上を転げまわるのだ。
嗚呼、人生のなんと寂寞なることか。
閑寂の朝に張り付くは暁の嘲笑か。
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投稿日時

――偶然を永遠にしようとして
布団の上で転げ回った。
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万華鏡が欲しい。
無垢な稚児の如き欲求が
ふと脳裏に降ってわいた。
何の前触れもなかった。だからこそ厄介。
私のような優柔不断の徒にとっては
衝動的欲望ほど執念深く
追ってくるものはないから。
しかも万華鏡というのは
「偶然を永遠にする装置」とも言われる。
そう、私に偶然に降ってわいたこの欲求は
満たされるまで永遠に我が身を
消えることなき黒炎で焼き続けるのだ。
このまま全身炭化してなるものか。
私は写輪眼の魔の手から逃れるために
万華鏡を求めて楽天だのAmazonだの
現代の商都をふらふら徘徊した。
ところが眺めれば眺めるほど
今度は別の確信が胸中に渡来した。
それは、いざ家に万華鏡が届いたところで
私はショッピングに満足して
ろくに万華鏡を愛用もせず
せいぜい一度覗いた程度で満足して
あとはガラクタとも家財道具とも
区別のつかぬ漂流物として
部屋の隅へこれを
放逐するに違いないということだ。
こう見えて私はもう私と
随分長いこと付き合っているので
私のことは私には
手に取るようにわかってしまう私。
この私という阿呆は
欲しいものが手に入った途端に
興味を無くすのだ。
これはアイドルと結婚した瞬間に
セック スレスになる野球選手みたいなもので
非常に性質が悪く
この世の三大厄災の一つとも言われている。
ちなみに他の二つは
大統領選挙と港区女子である。
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