お店の電話番号をコピー
歴史は面白いと思う ポピュリズムによるプロパガンダは 「戦争は貧乏な一般人ばかり死ぬ!」 ってのがわりと散見される だが実際蓋を開けると 意外だろうが明治維新以降の 王族、華族は戦前まで 様々な特権を持っていたに関わらず 彼らは戦時中に海軍、陸軍士官で 共に学び、最前線に立つ事を求められた 大元帥として陸海軍を統べる 明治天皇の発言 「皇族男子はすべからく軍人たるべし」 (皇族?陸軍従事の令。明治6年) この発言もとに 戦前の皇族男子のほとんどは 海兵、陸士のいずれかに進む 旧大名や公卿、勲功者など 当時の貴族である華族の多くも それに倣った 大名や武士階級出身の華族にとって 軍人への道に進むのは 武門の流れを正しく継承するもので 明治以降に日本にも伝えられた 「ノブレス・オブリージュ」 (高貴なる者の責務) という西洋流の道徳律を実践した形だ 注:)学校内では 出自や家庭環境などの個人の背景は いっさい抜きにして平等に鍛えられる (皇族は御附武官がつき 課業以外では特別扱いとなる) 日本史で興味深いところは 皇族すら戦病死者を出し 華族の戦死者も多い 注:)ちなみに徳川慶喜の孫で 高松宮妃喜久子様の実弟 徳川公爵家次男の慶光氏は 「陸軍二等兵として3度召集」され 中国大陸を転戦した 北白川宮家では 三代続けて当主が戦病死で早世し 加賀藩前田家16代当主は ボルネオ島沖で前田利為大将が戦死 ボルネオ守備軍司令官だった 近衛文麿の息子も シベリア抑留で逝去している イギリスの王族貴族もしかり (第一次世界対戦で多数亡くなった) 朝鮮王公族の李?(リ・グウ)殿下は 日本国内で軍人として勤務され 原爆で戦死した 分かりやすく煽っている プロパガンダほど 史実から遠いのが悲しい 火曜日出勤します 10:00〜16:00 ご用命をお待ちしてます トップ