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あの子が隣にすり寄って
夏がやっと落ち着いた。
夏が来るたびに
私は少しだけ、えらくなった気がしていた。
浴衣を着ると背筋が伸びたし
下駄を鳴らすと街の音と混ざって
まるで私が
この町の一部であるように感じられた。
友だちと連れ立って、あの道、この通り。
小さな寺の境内で金魚すくいに失敗し
でっかい神社でたこ焼きの熱さに泣き
氏神さまの賑わいの中ではもう
何を食べたかさえ覚えていない。
そんな具合で、私は一夏に三つ
いや、気が向けば四つ五つと
祭りを渡り歩いていた。
待ち合わせた幼なじみは
なんとなく昔より大人びていたし
姉は姉で
もう町内の大人たちに溶け込みすぎて
「姉」というより「中堅の人」
みたいな貫禄を纏っていた。
私はそれにくっついて歩いて
ちゃっかりと
人の輪に混ざったつもりでいた。
でも、どうしても、どうしてもだけど
盆踊りだけは、無理だった。
いや、踊れたらきっと楽しいんだろうな
とは思っていた。
だけど、子供のころから不器用すぎて
右を上げれば左も上がり
回るつもりがねじれるばかり。
そういう生き方だった。
踊れないなら、どうするか。私は考えた。
幼いながらにも、私は戦略家だったのだ。
社務所である。
「まあ、かわいらしいお客さんねえ」
「冷たいの、飲んでいきない?」
そんな風に、私は見事に
社務所のおばちゃん達の懐に飛び込む。
これは生きる技術だった。
踊れないかわりに、笑って手を差し出し
氷の入った麦茶をもらい
漬け物をちょっと齧って
「おいしいですぅ」と言えば
大人は皆ほだされる。
踊れなくても、私は夏の子だった。
社務所という秘密基地に潜り込み
ぽつんと見上げる空には
提灯がぶらさがっていた。
風にゆれて、光が揺れる。
私の心も、それに釣られて
ふらふらと踊っていた。
見た目は静か、心だけが夏に躍っていた。
終盤には、母の働きっぷりを一目見て
――それが私の夏の締めくくりだった。
町内の係を押し付けられて
あれこれ仕切っている母は
少し誇らしく見えた。
「持って帰んな」
と、無料配布のお菓子をひと袋くれる。
それを受け取る私は
たぶん誰よりも幸せだった。
家に帰ると、猫がいる。
この子はいつも
私がいない間に少しだけ甘えん坊になる。
すり寄ってくる。
私は畳に座り、袋をあけて
ひとつだけラムネを転がして口に入れる。
あの、しゃりっとした食感が
私は子供の頃から好きだった。
そして、猫とごろんと並んで寝る。
それが、私の盆踊り。
誰にも見せず、誰にも知られず
ひっそりとやってくる小さな夏の終わり。
踊らない者にだって
ちゃんと、夏は来ていたのだ。
?アカリ?
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