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アカリ(22)
T164 B90(E) W58 H89
――中には、あたたかい黒猫と
冷たい自尊心が入っていました。
目的地への電車移動時間を調べて
「なーんだ、たったの20分じゃん。」
と喜んだのも束の間
その間の乗り継ぎの路線名を見て
軽く絶望した。
三途の川でうっかり六文銭を忘れて
橋渡しの船頭に泣き縋るくらいの絶望だ。
「大江戸線」。
私は、あのどこまでも続く地下道が
地獄へと通じているんじゃないか?
と思うことがある。
これはもう二度と物理的に
陽の目を見ることはないだろう
とまで降りても、まだ口を開けて
私を飲み込もうとするエスカレーターが
待ち構えているのが見える。
私にはそれが
現代版のミミックにしか見えない。
ドラクエの宝箱を
見つけた時の夢を粉々にして
隣の意地悪爺さんへの
嫌がらせ用草木灰に変えてしまう
あいつだ。
確かに上りエスカレーターは時に
宝箱のように映るかもしれないが
下りは別だ。
膝を傷めないようにと親切な翁の顔で
こちらへ近づいて、その背に乗れば
いつの間にか黄泉比良坂を
駆ける死神に変わっている。
あれに食われればそのまま黄泉の国だ。
そして私は、火打石もないまま
寝起きのスサノオに
火炙りにされるに違いない。
神も仏もあったもんじゃない。
いや、たまったもんじゃない。
そうでなければ、ひょっとしたら
あの地下深くに
未だ滅んだことを自覚せぬ大江戸が
存在しているのかもしれない。
そこには
時代が朽ちたとも知らぬ亡者たちが
黄泉の大江戸を、当時の活気を
永遠に再現しながらグルグルと
賑わせているのではないか。
――米をたっぷり溜め込んだ
ポッコリ腹に似合わぬ
俊足で駆け抜ける飛脚の
髷の油を飛ばす勢いで
全身から迸る汗が街道に水を引き
――客の取れない遊女が
冷やかしに中見せを覗きに来た呉服屋の袖を
釣り上げて捕って食わんばかりに袖を引き
――江戸っ子同士が茶屋で喧嘩を始めては
口角泡を吹くのに飽いて
実際に腰を上げるのも面倒だからと
結局、床几の上に将棋を広げて
振り上げた手を引き
至るところで引きあっている人々の
時代の幕引きを知らぬはなんと
儚く寂しい景色だろう。
私はスサノオよりも
そっちの方が、怖い気がした。
しかし、私は行かねばならない。
昨今の私は
友人との約束に小刻みな遅刻を繰り返し
そのクレジットがもう
限度額を超えるかもしれないのだ。
仏の顔も四十八手とはよく言われるが
出会った頃からの私の遅刻アーカイブを
リサーチマーケティングしたなら
いくら彼女の顔面が打たれ強いとはいえ
もはやヘッドダメージは限界近くの峠に
差し掛かっているかもしれない。
なんだか最近、遅刻をする度に
積もった塵が阿蘇山となって噴火し
友人を灰にしてしまうのではないか
というような余震を感じるのだ。
これは単純に直らない彼女の貧乏ゆすりも
関係しているが、これ以上
友人にでかい顔をさせるわけにはいかない。
もしこれ以上
彼女のでかい顔が膨れて破裂したら
限界を超えたヘッドダメージから
パンチドランカーは免れない。
噴火して灰になって
真っ白に燃え尽きて貰っても困る。
「もう少しの間だけ
鉄面皮の厚顔無恥でいてくれ!」
最近の私は、友人に対して
思いがけないような
願い事をするようになっていた。
そもそも、私は張り詰めた風船などを
見るのが苦手なのだ。
風船職人などが悲鳴のような
ゴムの摩擦音を自慢げに奏でながら
得意げな顔で、限界に膨張した囚人たちを
拗り、絡ませる様などは見ていられない。
あれは、ある縁日の夜だったか。
虜囚たちの背骨が
キュキュキュっと砕ける音が聞こえる。
それは助けを求める
哀れな異端審問犠牲者の
叫びだったかもしれない。
私は目を閉じ
耳を塞いで逃げ出してしまいたかった。
どうにも動けず立ちすくんでいると
異端審問官と私の目が合った。
彼は嬉嬉として口角を釣りあげながら
今にも舌なめずりを繰り出しそうな
不気味な形に顔を歪めて私に笑いかけた。
それから、サービスだとでも言わんばかりに
風船を蹂躙し、折檻し
無残な姿に折り曲げていった。
最後には、見る影もなくなった
「風船だったものたち」の痛ましい亡骸を
頭蓋を盃に乾杯の音頭をとるが如く
頭上高くに掲げたのである。
これなるは、かの信長公ですら
「殿!お止めくだされ!」と
しゃれこうべから酒を仰ごうとする様を
家臣に止められたという
全代きっての蛮行である。
しかし、縁日という狂宴は
人の狂暴性を剥き出しにするのだろうか。
見物客たちは、まるで悪趣味な仮面を被った
時代外れの卑俗な道楽貴族のように
目の前で行われた残虐な見世物に
喝采を浴びせ
「次は!?次は!?」とおねだりまでする。
しかして、渦中の第六天魔王は
満面の笑みで、当然の如くその礼賛を浴び
その期待に応えるのだ。
ああ、日本の未来は真っ暗闇だ。
頭の中に中原中也の詩が流れる。
サーカスで騒いでも
時代は茶色から漆黒に
塗りつぶされてゆくのだ。
春の日の夕暮れは
どう足掻いたって闇に向かうのだ。
ネオ信長に、懺悔の心など微塵もなく
贖罪の祈りなど露ほども届かない。
魔王は会釈もなく
また新たな獲物に手をかける。
あの縁日の夜。
「彼こそが悪魔だ。」
そう決めてしまった幼心を
私は未だ拭えずにいる。
環七から環八くらいまで
話が逸れてしまったが
要は、私は友人の顔を破裂させて
又は噴火させて、真っ白に燃え尽きた
パンチドランカーにしてしまわないためにも
これ以上
遅刻をするわけにはいかないのだ。
例え、暗く果てのない
大江戸線に呑み込まれようと
私は、スサノオの試練を乗り越え
黄泉の大江戸を?い潜ってでも
生きて時間通りに
再び浮世に顕現しなければならない。
?アカリ?
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