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――光を仰げば影も伸び
父というものはそれぞれの形で
子の眼に残像を焼きつける。
料金メーターの隣に
美人さんが赤ん坊を抱えて写っていた。
「何歳ですか?」
乗り合わせた友人のクロ子が訪ねる。
「この時は…まだ6か月ですね」
「へえ!そんなに小さいんですね!
写真だと大きくみえるのに」
「今はもう2歳くらいですよ」
そう答えた運転手の年齢は
奥さんの見た目からしても
おそらく三十前後といったところだ。
「素敵ですね。
やっぱお仕事やる気になりますか?」
「ええ。元気貰ってますよ。
頑張って稼いできてねって言ってます」
いいながら運転手は
写真を愛しそうに見やる。
「やぁ、なんかほっこりするな」
嘆息しながら写真を眺める
クロ子とは裏腹に
私の目は写真を数寸ずらしたところに
釘付けになっていた。
『頑張って稼いできて…』
そんな母子の念により
今まさにメーターが加速度を増して
賃料を急上昇させているんじゃないか?
私は資本主義上の家族愛が
自分に向けられるのを密かに怖れた。
同時にそんな歪な妄想に勤しんでしまう
自分に少し引いた。
人間というものは美しいものに出会うと
感動し、心奪われる。
しかし場合によっては
なぜ自分がその美しさを持ち合わせないのか
という嫉妬心に駆られかねない。
父…車…
私は亡き自分の父を思い出していた。
多くを語らない寡黙な父であった。
そんな父は機械に強く、手先が器用だった。
小学生のころ
壊れたゲーム機を
直してくれたことがあった。
黙って工具を持ってきて直し終えると
「直ったぞ」と一言だけ。
その時の父の背中は
ぽっぽやの高倉健みたいだった。
兄は涙目で狂喜乱舞し
直後に、消え去ったゲームデータを
目の当たりにして、また涙した。
私はそんな父を影なるヒーロー
クリストファー・ノーラン風に謂えば
我が家のダークナイトだと思っていた。
父は向こうへ
逝ってしまう時まで寡黙だった。
突然の心筋梗塞。
言葉も交わさぬままの別れ。
前日まで何の予兆もなくいつも通り
仕事から帰って晩酌をしていた父は
サメ映画のジョックやビッチよろしく
急に昇天した。濡れ場すらなかった。
「え?嘘でしょ?」
みんなそんな感じだった。
冗談のような急逝に
兄も姉も母も、全く感情が追い付かず
しばらく狐に摘ままれたような
生活が流れた。
一通り落ち着いてから
遺品を整理している時に
ふと父の過去や趣味などに
疑問が湧いてきた。
あの人は結局どんな人だったんだろう?
ある日、亡き父の車の中を片付けていると
運転席から何かが音を立てて
崩れるような音がした。
それは開け放したダッシュボードから
荷物が飛び出す音であり
父の尊厳が砕ける音でもあった。
シートに散らばるDVDや雑誌
そしてダッシュボードから覗く
衣類らしきもの。
その傍らで母や姉が固まっていた。
兄は何だかニヤニヤしていた。
『放課後、制服のままで。
~第12話 池袋編~』…
『スクール・メモリーズ 昭和編』…
女子用のスクール水着…
体操服…セーラー服…
その時、現役で女子高生だった姉の学校は
しかしブレザーであったし
体操着もこんなブルマでなかったし
水着も形が違ったため
辛うじて近親相姦は免れた。
ならば、これらは
何に用いる衣類であったのか?
風俗嬢に着せるため?個人で楽しむため?
…まさか日頃から着用していたのでは?
憶測が憶測を呼び
かくして陰なるヒーローは
日の元に晒されてその面影を失い
我が家のダークナイトは
死してジョーカーに転生した。
その性癖はデータではなく
現物で残されていたため
隠しフォルダもパスワードもなく
引き摺り出された
ジョーカーの衣装・遺品は
今でも嫌がらせのように
お供え物よろしく
神棚の近くに保存されている。
私の父の必殺のエピソードときたら
それなのだから、そんな我が父の影を
目の前に妻子を掲げてひた走るこの
運転手の上に重ねてしまうと
何とも言えない倒錯した思いが
頭をもたげてきて、妙な心地になるのだ。
空の光が強ければ強いほど
地の影も大きく広がるもの。
なればこそ、我が実家の神棚のスペースを
あれ以上に広げる必要はないのである。
ともすれば、そのうち制服だらけで
足の踏み場がなくなってしまうのだから。
「私もお父さんっ子なんですよ」
一人でアンニュイに耽っていた私を余所に
クロ子が話を進めていた。
「へぇ、それはお父さん嬉しいでしょう」
「う~ん、変わった父親なんで
嬉しいのかどうかわかんないですね」
「どう変わってるんです?」
「そうですね
代表的な変な話がひとつありますよ」
クロ子は尊敬する父の話を
訥々と語り始めた。
?アカリ?
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