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アカリ(21)
T164 B88(E) W56 H87
――文字で埋めたこの掌が
誰の手も握れなかったのは
当然だったのかもしれない。
あの頃の私は
何かに取り憑かれていたように
「リーダー」を名乗った。
いや、名乗ったというより
誰も引き受けぬ役回りを
さも気高き奉仕者のように拾い上げたのだ。
音響の専門学校。
白々と蛍光灯の灯る実習室で
マイク、スピーカー、ミキサー、アンプ。
そこに絡みつくケーブルの群れは
まるで意思を持つ生物のように
私の足元に絡みつき、転ばせ、嘲り
そして試した。
音が出ない。マイクは叫ぶようにハウる。
スピーカーは沈黙を守り
先生の眉間はただ険しくなるばかりだった。
「お前、一人で何をそんなに
忙しげにしてるんだ。
友達、いないのか?」
その一言が、槍のように私の心を貫いた。
そう、私は一人だった。
独りで、何もかもやろうとしていた。
いや、やれると思っていた。
その思い上がりが、今にして思えば滑稽だ。
ミキサー卓の前に立つ私の両手は
メモで埋め尽くされていた。
手の甲も、平も、腕に至るまで
黒いインクの走り書き。
あれではまるで、芳一であった。
耳などとうに捨てて
眼と指先だけで全てを制しようとした
哀れなる幻術師。
だが、耳を塞ぎ、口を噤んだままでは
音など掴めるわけがない。
先生の声は、いつも叱責であり
私の失策の数だけ、私の心の地図に
赤鉛筆のバツ印が増えていった。
チームというものがあった。
名ばかりの「リーダー」であった私は
ただ己が失地を取り戻すためだけに動き
仲間の存在を
風景のように見過ごしていた。
しかし、本来、チームとは
孤独を埋めるための方便ではないのだ。
それは信頼という
見えぬ糸で結ばれる網である。
誰かと会話をすること。
そんな些細なことさえ
私には勇気が要った。
閉じこもった部屋の壁紙のように
私は自分の無力を貼りつけていた。
終わりは唐突で、そして空虚だった。
実習の最後に残されたのは
不完全燃焼という言葉だけ。
燃えきれぬ火は
煙となって私の胸をくすぶらせた。
驕りは罪である。
私は、私の独善的な美学を恥じた。
手に負えぬ火を抱えて走り回った
滑稽なピエロ。
その滑稽さが今なお
音もなく心のどこかを鳴らしている。
もっと話せばよかったのだ。
もっと頼ればよかったのだ。
もっと、耳を澄まし
目を合わせればよかったのだ。
それは些細なことだった。
だが、音を扱うということは
他者の音を聴くということに
他ならなかった。
あのときの私に言いたい。
「音を出す前に、誰かの声を聞け。
大丈夫。私は私を笑ったりしない。」
?アカリ?
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