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大都会の片隅で、
今宵も人知れず狂宴が催される。
時の二針が重なり、
青白い顔をした電灯の瞬きしつこく、
春雨が白線の束となって
街に薄い簾をかけていた夜。
モノクロの座席を
心地良く揺らすタクシーの車窓から、
私はそれを見ていた。
囲まれる浮浪者らしき老人と、
にじり寄る4人の若者たち。
恐ろしいことが起ころうとしている。
声が聞こえる。肝を震わす恫喝の声。
否、違う。
大声で喧しいことには違いないが、
少し節付きである。
これは、歌だ。悍ましい地獄の挽歌だ。
するとひとりが大きな鈍器を振り上げる。
ああ、これは儀式だ。
暴力を賛美する壊れた宴だ。
私は東京に戦慄する。
大都会の昼の顔だけを
見て生きていたかった。
そう思いながら、顔を背けそうになる。
その刹那「がんばれ~!」
また、声が聞こえる。
誰かが私に、エールを送っている。
目を背けるなと、
この現実を受け止めて強く生きろと、
残酷にも背中を押してくる。
私は運転手の無言の背中に
切なさを感じながら、
辛い浮世に遠慮がちな流し目を送った。
鈍器は、老人の眼前に振り下ろされていた。
彼の目の前に躍り出たそれは、
尚も彼を威嚇するかのように、
小刻みに左右に揺れている。
よく見ると、それはアコギだった。
若者はまたそれを大きく振り上げると、
毟るように弦を掻き鳴らしながら叫んだ。
「がんばれ~!」
これは、歌だ。シマンチュヌタカラだ。
見ると、他の若者たちも、
手拍子やハモリを入れて、
これに参加している。
そして更には、
若者たち全員の大合唱が始まった。
その真ん中で、老人は、
正しき道を失って迷っていた。
若者たちは、そんな彼に道を示すが如く、
手拍子を促す。「がんばろうぜ~!」
老人は戸惑いつつも、ついには根負けして、
苦笑いで手拍子を真似た。
当惑の産物か、
老人の手拍子は偶然にも裏拍を取っていた。
若者たちから一際大きな歓声があがる。
青信号を切っ掛けにタクシーが体を起こす。
歓声が後ろに細長くたなびいていく。
雨は、いつの間にかやんでいた。
雨上がりの夜道を、
月影が闊歩して青白く塗り替えていく。
春に浮かれ、雨に降られ、
人気に逃げられた路上では、
活力の行き場をなくした若き奏者が、
浮浪者の老人相手に、
元気の叩き売りを始める。
路上の若者たちは、
雨上がりと共に姿を消しただろうか。
浮浪者の老人は、叩き売られた元気に、
少しは頬を緩ませただろうか。
大都会の夜は、
時に奇天烈な変顔をするものだ。
そんなことを思う私の頬は、
少し暖かかった。
?アカリ?
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