
駅前の古本市で、一冊の明治史の本を見つけた。
表紙の隅に、やや薄れた金文字で「伊藤博文」と書いてある。
ひどく堅苦しい内容かと思いきや、意外にも筆者の語り口はやわらかく、人物の人間味に焦点を当てていた。
伊藤博文。
彼の名前は教科書の中であまりに整然と並んでいたけれど、こうして個人として読み直すと、時代に揺れるひとりの若者だった頃の姿が静かに浮かび上がる。
長州の出身。
木戸や高杉らと共に、尊皇攘夷の志に燃え、その後、西洋の現実を見て思想を変えていったという。
転向と言えば簡単だが、その柔軟さの裏には、深い葛藤があったのだろう。
国をつくる、ということ。
制度や法を整えるとは、目に見えないものに形を与えていく作業なのだと、明治憲法を草案した彼の姿を想像して思う。
ページをめくるうち、自分の中の「変わってはいけないもの」と「変わるべきもの」の境界がすこし揺らいだ。
百年以上も前の男の足跡が、今日のこの足元に、ほんのすこし重なっている気がした。