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――互いに食べたふりをしながら、
腹の底では戦っていた。
JOKERを期待して胸を躍らせていたら、
ひたすら調子に乗ったアーサーが
レディ・ガガと歌い踊る様を
2時間以上見せ付けられた。
そんな映画だった。
どんな作品であれ途中退席する者は
人非人だと言わんばかりの
暗黙の了解が満員の館内に漂う。
座席に仕掛けられた鶏餅に
まんまと引っ掛かった
羽のないペンギンの気分で、
私は照明が明るくなるのを待った。
隣の友人が頼んだ
二人分のキャラメルポップコーンを、
五分おきに一定量口に運ぶリズムだけが、
頼りない時間の軸として
私の秒針をふらつかせていた。
「なんか、ミュージカルだったね」
友人はそれ以上、語らなかった。
感慨に耽ける以外にも、
言葉を交わさずスクリーンを後にすることは
往々にして尽きないものである。
私たちの足は自然と
回転寿司屋へ向いていた。
回らない寿司など、
回転しないリールと同じだ。
そう言わんばかりの足取りで
2人分のカウンター席に陣取ると、
友人は早速、天ぷら饂飩を頼んだ。
饂飩を取られた私は対抗馬として
味噌ラーメンをお通しに託した。
寿司屋で食べるラーメンは
なぜこんなに心を惹きつけるのか。
寿司屋に来てまで食べることに
意義があるのだろうか。
蕎麦屋でやたらと
カレーライスが食べたくなることに
似ているのかもしれない。
しかしあれは、蕎麦粉でつくるカレーの
独特の粘りが魅力なのであって、
寿司屋のラーメンに
斯様なイニシアティブはない故に、
似て非なるものであろう。
とすれば私のこれは
寿司屋への反骨精神によるものか、
いやひょっとしたら、
私は知らぬ間に背徳心に
悦楽を委ねる享楽主義者なのやもしれぬ。
そう思えば私はラーメンに限らず
さっきから二乃矢、三乃矢に
サラダ味噌汁唐揚げ茶碗蒸し等を
矢継ぎ早に頼んでいる。
寿司屋においてこの蛮行、
いつ糾弾されても
構わぬ覚悟はしておかねばならない。
多少、剣呑な心持ちに
気構えを正していると、
糾弾の矢はまず真正面から飛んできた。
「さっきからサイドメニューばっかだね」
口の端に嘲笑を浮かべる彼女の手前には
饂飩のみならず、蕎麦、ポテトなどが
乱雑に並んでいたのだが、
その合間を縫うかのように、
小皿の寿司が
居心地悪そうに窮屈に並んでいた。
意図せぬ眼前の刺客に私は憤りを覚えた。
先に饂飩を頼んで
道を示したのは彼女である。
私は騙し討ちにあったような気さえした。
麺を啜り、その間に
申し訳程度の寿司を頬張ることが
そんなに偉いのか。大悪党だと思った。
まるでモーセに唆されて
紅海まで付いて行った先で、
エジプトに帰れと
理不尽を突きつけられたような心持である。
それにしたって、
こんなに卑劣で汚いモーセは
初めてお目にかかる。
幾星霜と温めてきた親睦すら、
目の前の伸びきったラーメンのように
一挙に冷え切ってしまいそうな気がした。
このまま防戦一方で
終わるわけにはいかない。
私は奸計をけし掛けるためボソリと呟いた。
「この期間限定のラーメン、美味しそうだね」
「マジ?これは見落としてたわ」
彼女は何の衒いもなくそれを所望した。
首尾よし。
そして彼女が一心不乱に
期間限定に夢中になっている間、
私は流れてくる寿司小皿を
片っ端から片づけた。
そして期間限定の器が空になった頃、
私の眼前に重なった小皿の数は、
糾弾の刺客と並んでいた。
謀が上手くいった時の人間の心理とは
実に単純明快なもので、
あれほどまでに卑怯悪辣と
心中で罵っていた友人の姿も、
今や肩を並べて軍議を競い合った
諸葛孔明と司馬懿の如くあった。
争いの果てに人は強敵(トモ)を得る。
確か北斗の四男が
そんなことを言っていた気がする。
最期に仲良く期間限定の
パフェを食べ合う段になって、
やっと映画の話で盛り上がった。
観劇の山場はここである。
長時間拘束された上に空腹の状態では、
まともな批評などできはしないのだ。
「まあミュージカルとしてみたら
面白かったよね」
「前作の続編って期待が大き過ぎたよね」
そんなありきたりな感想を言い合いながら
夜の街並みを
ステーションに向かって歩いた。
イルミネーションのように
夜空を装飾する星々は、
今日一日を映画に照らすようで、
なんだか充実していた。
?アカリ?
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