※この日記はネタバレを含みます作画と演出は素晴らしかった??
キャラデザもビジュが素晴らしかった。
だからこそ、
言っていることに一貫性が無く、他人の表面上に見える魅力的な部分、賞賛されている部分をかき集めただけで、
発言に動機も背景も見えない中身のないイケメンの話を延々聞かされ続けるかのような退屈さがありました?
シャフト(まどマギの制作会社)的な絵本調演出。
設定がエヴァの使徒っぽいネルガル。
セーラームーンを彷彿とさせる変身シーン。
グレンラガンやキルラキル的な戦闘エフェクトとノリ。
ナウシカの腐海設定。
クレヨンしんちゃん的なギャグ入りラスボスとの戦い。
他にもたくさんオマージュシーンがあって、
別にオマージュはええんやけど詰め込みすぎて闇鍋状態だった???
演出が話の流れとチグハグになっていたり、やりたいことのためにキャラを都合よく動かすから、チョロギのキャラブレ変換が激しすぎたり、
売れてるもん詰め込みゃいいってもんじゃねえのよバランスなのよ???
しかもテーマがありすぎて何を伝えたいのかわからなかった?
差別、抑圧、難民、貧困、宗教構造、災害による理不尽な喪失、友情、自立、ヒーローへの昇華、
まあごった煮。
テーマが重いのに、軽く描くからひとつひとつが薄くなって、軸がどこにあるのかわからない。

それで結局映画のレビュー欄が「薄い」「中身がない」「何が言いたいのかわからない」「上澄だけすくった」のオンパレードになっていて、
ビジュと作画と演出技法はマッジでよかったのに勿体無い。
と思った作品でした。
ラランドサーヤさんの声は、棒読み演技よりも絵柄とキャラが合ってなかったからあそこまで言われてるんじゃないかな。
それよりも、
誰かの望む私じゃ嫌だ。
というのが、敵と戦ってはいけないですよという世界の声に抗って、自分でその選択をするって描かれ方をしているんですけど、
「なぜ」戦ってはいけないのか。
「なぜ」敵は人の魂を喰らうのか。
そのほかの「なぜ」が描かれていないので、全てが演出のための舞台装置に見えてしまうんですよね。
しかも大量に売れてる作品のいろんな要素をかき集めて見せてくるから余計にそう見える。
行動原理も「もう誰も失いたくないから」の一点張りなんだけど、その「失ったシーン」もシャフト演出で軽く流されているから重みがない。
というか、生きた人物としてではなく記号としてのキャラクター性にセリフを吐かせているだけのようになってしまう。
しかもラストで
「今度こそみんなを守らなきゃ、私が救われない!」
という、セリフが差し込まれる。
前段で強迫観念に囚われて、ヒーロー願望を抱えてしまった歪んだ主人公とかならわかるけど、そうじゃない。
めちゃくちゃ明るくてめちゃくちゃ真っ直ぐな主人公が「私が救われない!」とか言うんですよ。
「誰かの望む私じゃ嫌だ」と、自らの意思で戦うこと、ヒーローになることを選択する、成長の物語の軸で進んでいたものが、
あの一言で喪失体験による強迫観念的な自己救済物語になる。
そこまでの積み上げが無いから余計に。
因果が見えない。
この人物は、なぜこういう人格を獲得したのかという連続性が見えない。
かっこいいとされるものを組み合わせて、「オタクたちこういうの好きだよね?」って大量投入してくる感じが、
進撃のハリボテキメラだった?
とはいえ作画も動画も技術面は素晴らしかったし、めちゃくちゃお金かけたんだろうなって思うし、キャラがゴリゴリ動くので
作画動画演出オタの方は見ると面白いと思います。
ストーリー横に置いとけばいい作品なので。